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2008年1月

一枚の白い紙、untitled 3

彼の手の指の腕の美しさといったらなかった。

こんなに美しいものが生身で動いていることは不自然だというほど美しかった。長い指、まっすぐに伸びてはいなくて少し曲がっている、骨ばった、長い指。緑色で手の甲に浮き出ている静脈、いつも油がたっぷりさしてあるようななめらかにまがる関節

おおくの女が知らず知らずにその手に惹かれていった。彼の手で触られたら、包まれたら、どうなってしまうんだろう。女たちをそんなことを考えながら、彼の手に握られている絵筆にすら嫉妬を覚えたりする。

そんな彼の手は、キャンバスの上をひたすらに滑る。その手に握られた絵筆は白い絵の具をキャンバスに塗りたくる。

 白くて甘いクリームがステンレスのボウルの中でかき混ぜられている。

家庭科室でマコトは生クリームを泡だて器で混ぜている。生クリームを混ぜることは彫刻をつくることのようだ。一定の決まったリズムでかき混ぜる。するとそこにはとても綺麗な形が出来あがる。

かき混ぜるのをやめてしまえばそれは少しして消えてしまう。何事もなかったかのように、生クリームはまたもとの平たい液体へと戻っている。かき混ぜているときのあの綺麗な形のまま永遠にクリームだけの時間がとまってしまえばいいのにとマコトは一瞬考えてやっぱりその考えを改める。

それではきっとうまくはいえないけれど綺麗ではないんだろうな。むしろいやらしく、醜いのかもしれない。

そんなことを考えながらマコトは生クリームをあわ立てる。リズムを乱さずあわ立てる。あわ立てる音が家庭科室の静かな空気のなかに入っていく。あまりにリズムが正確すぎるので、メトロノームさえ彼のリズムにはまけてしまう、彼が生クリームを泡立ててくれさえすれば、音楽のリズムは絶対にくるわない。

そうして正確なリズムであわ立てていると生クリームは液体と固体のあいだみたいなものになる。

どろっとしててもだめ、かたすぎてもだめ。ちょうどあいだのところあたりの具合がいい。

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一枚の白い紙、untitled 2

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吹奏楽部のしょうこちゃんはパインアメがすきだった。

甘くて、黄色くて、小さくて、真ん中に穴が開いていて、その穴からのぞく世界はなんでも甘ったるく、とろけそうで、夢の中みたいだった。なめているとパインアメはアメのなかにできていた気泡が出てきてその気泡の端っこで舌を切ってしまうことがよくあった。

するとそこからはきれいな赤色の血が出て、パインアメは血のパインアメになった。だけどしょうこちゃんそれでもパインアメがすきだった。

むしろそのことも含めて好きだったのかもしれない。

定かではない。

そんなしょうこちゃんはトランペットを吹いていた。

プープープー

トランペットは明るい小さな女の子が元気よく「はいっ」といって手を上げるときのような、色で言うと白か黄色みたいな音が出る。そんなところがすきだった。

そんなしょうこちゃんはトランペットの練習をしながら、グラウンドでサッカーの練習をしている清水くんを見ていた。

幸太郎の手は滑る。

キャンバスの上をフィギアアイススケートの選手みたいに幸太郎の大きくて少し曲がった繊細だけどしっかりとしたその美しい手はあっちへこっちへと滑ってゆく。

それは決められたコースを走っていたかと思えば急にまるで検討はずれの場所へと進む。

いつのまにか薄暗い美術室には黒の綺麗にアイロンをかけられた燕尾をきちんと着たバイオリン奏者があらわれぞっとするような美しい音色をかなではじめでいた。

次はピアノ奏者、黒板の近くにいる。ピアノ奏者の女は25歳くらいで真っ赤なマーメイドドレスを着ている、自慢の黒髪をなびかせながら情熱的に彼女は鍵盤をたたく。そんな彼女に見とれているといつのまにやら貫禄のあるホルン奏者、足の長いやせこけたコントラバス奏者、性格はいじわるそうだけど音色はぴかいちのフルート奏者がそろってあらわれ、いつの間にやら美術室オーケストラが素敵な演奏をかなでていた。

幸太郎の手が呼んできた美術室オーケストラなのに、いまや彼の手はその演奏に踊らされている。

そうやって幸太郎はしょうこちゃんがパインアメの穴の中からのぞいた夢の中の世界をキャンバスの上に出現させようとしている。本人はそうしようなんてこれっぽちだっておもってやしない。ただ、描いているだけ。滑ってるだけ。

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一枚の白い紙、untitled 1

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 今日の空気はふわふわとけだるく、薄いベージュのオーガンジーの布があたり一面に干してあるみたいだった。こういった日はとても黄色い花がきれいに咲いている。

薄いピンクの一番美しかったときを過ぎてしまいもうほとんど白色に近いバラの花もいい。

そんなことを考えながら千夏(ちか)はペダルを踏む。

幸太郎は心地よい薄暗さの美術室にいた。

美術室は分棟の4階にあり、その場所はまるでほかの場所と引き離されているみたいに

みえる。

世界からも分けられて、ぽつんとそこにあるみたいに。

窓の外を眺めるとそこにはグラウンドがみえ、サッカー部が見え、サッカーボールがみえ、

住宅街がみえ、同じクラスの友達がみえ、電気屋さんがみえる。

ほかにもいろいろなささいで大切ないろいろがそこからは眺めることが出来る。

4階だからだいたいなんでも見渡せた。

でもそれらは妙に現実味を欠いていて、こことそこは違う世界で、美術室とそのほかは混ざり合うことがないように思える。それはたとえて言うなら、マーブリングみたいだ。色と色の液を水を張ったバットにたらして水を指でなでる、すると「色と色」の2色で混ざり合っていく。しかしその2色の「色と色」は混ざり合い最後に1つになったりはしない。永遠にひとつの色にはならずに、色と色という永遠に2つの違ったものとしてそれぞれを手放すことなく戯れていく。

下の階から聞こえてくる吹奏楽部の練習の音が、かろうじてそこがとりあえず美術室であり、学校の一部であり、同時にまた世界の中の一部なのだとゆうことを確認させてくれていた。

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